原作は2002年初演の同名ブロードウェイ・ミュージカルだが、その舞台版の原作になっているのは1987年にジョン・ウォーターズが監督した同名映画。映画がまず舞台作品になり、それが再度映画化されるというパターンは、2005年の『プロデューサーズ』と同じ。しかしこれはミュージカル映画にはよくあるパターンなのだ。例えば『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』がそうだし、もっと古い時代にさかのぼるなら、ロジャース&ハマースタインの『サウンド・オブ・ミュージック』や『王様と私』もそうだ。
物語の舞台は1962年のボルチモア。人気テレビ番組「コーニー・コリンズ・ショー」に夢中な女子高生トレーシーは、番組が新しいダンサーを募集すると知ってオーディションに参加。だがポッチャリ体型の彼女は、あっという間にオーディション会場から追い出されてしまう。しかしその後、番組ホストの目にとまってトレーシーは番組のレギュラーに大抜擢。ところがこの番組の製作現場では、視聴者の知らない人種差別がまかり通っていた……。
映画で描かれている1962年という年は、アメリカにとっては特別な年だった。前年にジョン・F・ケネディが史上最年少で大統領に就任している。映画の舞台となった1962年は、黒人学生の編入をめぐってミシシッピ大学で暴動が起きている。キューバのミサイル危機が起きたのもこの年のこと。穏やかな古き良きアメリカの風俗が生きていた1950年代から、政治の季節である1960年代の橋渡しをしているのが1962年なのだ。この年にひとつの古い時代が終わり、新しい時代が始まったとも言える。この「古い時代の終わり」をノスタルジックに描いた映画が『アメリカン・グラフィティ』だとしたら、『ヘアスプレー』は「新しい時代の始まり」を描いた映画と言えるのではないだろうか。
映画はいかにも「舞台ミュージカルの映画化!」という感じもするのだが、次から次に歌が飛び出すスピード感あふれる展開に、そういった細かな文句は吹き飛んでしまう。物語の中には60年代に大きな社会問題となった黒人差別の問題が盛り込まれているのだが、このあたりは少々「何を今さら」という気分もなきにしもあらず。しかしそんな中で黒人学生と白人女学生のロマンスが登場すると、これがその時代における『ロミオとジュリエット』か『ウエストサイド物語』みたいで面白いのだ。思春期の少年少女たちが、突然誰かを好きになるエネルギー。新しい未知の領域に、どんどん踏み込んでいく思慮の足りない無鉄砲さ。この映画はそんな若者たちを擁護し、礼賛している。
ヒロインの母親を演じるのは、特殊メイクでぶくぶくの中年女に変身したジョン・トラヴォルタ。男性が女性を演じるというキャスティングは、オリジナル版映画で同じ役をディヴァインが演じたことに敬意を払ってのものだろう。
(原題:Hairspray)