カナダの写真家エドワード・バーティンスキーの写真集「マニファクチャード・ランドスケープ」をもとに、カナダのドキュメンタリー作家ジェニファー・バイチオルが製作したドキュメンタリー映画だ。工業の発展によって変貌していく自然や人々の暮らし、工業によって生み出される新しい風景が、バーティンスキーの作品のテーマ。この映画では彼が手掛けた中国でのプロジェクトを中心に、その作品と撮影の裏側にある出来事を記録している。
映画の冒頭にあるのは、巨大な中国の工場内部を撮影した約7分間に渡る長回し。大勢の人が働く工場の生産ラインを、カメラが横移動で端から順番に撮影していく。ところがこの撮影が、いつまでたっても終わらない。カメラがどれだけ動いても、果てしなく生産ラインが続く。そこで何を作っているのかすらわからないのだが、長い長い生産ラインと働く人たちが切れ目なく撮影されていくのだ。最後にバーティンスキーの写真が出て、野球場がいくつかスッポリ入ってしまいそうなこの巨大工場の全景が提示されるのだが、この途方もない大きさ、切れ目なく続く人間の工業生産の営みというものが、この映画全体を象徴しているように思う。
バーティンスキーは世界中を撮影場所にしているのだが、この映画ではその多くの場所が中国になっている。これは映画の撮影時にバーティンスキーが中国でのプロジェクトを進めていたという事情によるのだが、これがじつに興味深いものになっている。日本でもさまざまな報道で中国の急速な工業化や貧富の格差などについて紹介されているし、工業化に伴う環境汚染についても取りざたされている。しかしそれらを、この映画ほど腑に落ちる「絵」として紹介してくれたものはなかったように思うのだ。この映画を観ていると、中国の急成長という「歪み」が、地域の経済や地球環境に大きな負荷を与えていることが素肌感覚でわかってくる。
例えば中国は、世界中から大量のゴミを輸入している。先進各国もゴミの分別とリサイクルを進めているのだが、機械的な分別では不可能なゴミの山が世界中各地から中国に集められ、ひとつひとつ手作業で分別されているのだ。家電製品の電子回路を一個ずつていねいにハンマーで砕き、ICチップまで小さなハンマーで粉々に粉砕して、中から希少金属を取りだしていく様子には唖然とする。しかしゴミはやはりゴミだ。希少金属を取り去った後の電子回路は、手つかずの電子回路のゴミ山の横に、今度は正真正銘本当のゴミとして野積みされ山となる。電子回路に使われている有機金属などの有害物質は、雨と風で侵食されて周囲に飛び散り、あるいは地面に染み込んで地下水を汚染する。
ここに映し出されているのは中国の貧困だ。作業用の掘っ立て小屋でハンマー片手に電子回路を砕いていた作業で、一体どれほどの作業収入になるのだろうか。中国には文明の歪みが集積されている。
(原題:Manufactured Landscapes)