8月のランチ

2008/10/16 TOHOシネマズ六本木ヒルズ(ART SCREEN)
第21回 東京国際映画祭
休暇中に知人の母親を預かることになった中年男の物語。
老老介護をめぐるドタバタ喜劇。by K. Hattori

 独身の中年男ジャンニは、年老いた母親とローマ市内のアパートでふたり暮らし。生活は豊かとは言えず近所の買い物の支払いも滞りがちで、アパートの管理費もずいぶんと貯め込んでいる。バカンスシーズンで街から人気が少なくなった昼下がり、ジャンニの部屋に押しかけてきた管理人は彼にひとつの提案をする。「旅行に出かけたいので、部屋にいる母親を1日だけ預かってくれないか。もしそうしてくれるなら、未払いになっている管理費は肩代わりしてもいい」。ジャンニは戸惑いながらも、結局はこの提案を受け入れざるを得ない。しかし翌日ジャンニのもとにやって来たのは、管理人の母親と叔母のふたりだった。管理人はふたりをジャンニの部屋に押し込むと、逃げるようにして部屋を飛び出していってしまう。それでもジャンニは嫌な顔を見せず、精一杯彼女たちを持てなそうとするのだが……。

 老母の介護をしている中年男が、新たに3人の老婆たちの面倒を押しつけられて四苦八苦するというコメディ映画。主人公ジャンニを演じているのは監督のジャンニ・ディ・グレゴリオ自身で、映画のアイデアも彼自身が年老いた母親を介護した経験や、アパートの管理人から「母を預かってくれ」と頼まれた出来事から生まれたのだという。彼は管理人の依頼を断ってしまったが、もしそこで頼みを聞いていたら……というのがこの映画だ。

 主人公ジャンニがワガママ放題の老婆たちに翻弄される様子には大いに笑わされるのだが、この映画に描かれているのは老老介護という過酷な現実だ。ジャンニは「中年」というより孫がいてもおかしくなさそうな「初老」の男に見えるし、彼に母親を押しつけようとするアパートの管理人や医者も、やはり老人と言って差し支えのない年齢になっている。自分の母親を他人に押しつけ、自分の楽しみのために旅行に行ってしまうなんて、なんてひどい息子だろうか。でもその息子もまた老いているという現実に、非難の気持ちはしぼんでしまうのだ。

 自分の子供から厄介払いされ、見ず知らずの家で世話にならねばならぬ母親たちの切ないことよ。しかしこれはコメディ映画なので、マイナス同士のかけ算がプラスに転じる奇跡が起きる。奇しくもその日は8月15日、聖母被昇天の祝日。神の母であるマリアが、人間の母親たちにとびきりのプレゼントを与えてくれる。老いた母親たちはすっかり意気投合し、たった一日で数十年来の友人のように連帯する。映画のラストシーンは、幸せに満ちているではないか。

 だがこの幸せも、裏側には老人の孤独や孤立感があればこそなのだ。映画にそれは直接描かれない。でも別れの時が迫ったことを知った老女たちの苦しげな表情が、その後の「日常」に待ちかまえている荒涼とした世界を感じさせる。たっぷり笑える映画で、後味も爽やか。でも映画を観る人に、家族や老いについて様々なことを考えさせる作品だと思う。

(原題:Pranzo di ferragosto)

第21回東京国際映画祭 コンペティション
配給:未定
2008年|1時間15分|イタリア|カラー
関連ホームページ:http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=11
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:8月のランチ
関連DVD:ジャンニ・ディ・グレゴリオ監督
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