天地無用!
真夏のイヴ

1997/07/31 東映試写室
軽薄なプロットの中に、昔の時代劇映画のような深みがある。
僕はこの映画を観て思わず涙が出た。by K. Hattori



 『スレイヤーズぐれえと』と同時上映のアニメ映画。樹雷皇家に伝わる不思議な力を持った高校生・柾木天地と、彼を取り巻く少女たちの不思議な同居生活を描いた物語。5年前からOVAで始まったシリーズということで、門外漢の僕にはどんな設定で、今までどんな物語があったのかぜんぜんわからない。もっとも、今回の映画に関しては、そうした細部はあまり関係ないみたいです。僕は予備知識なしにこの映画を観ましたが、感動して不覚にも涙が出そうになってしまった。お話に感動したわけではないのです。登場するキャラクターの気持ちについ感情移入してしまったのですが、そうさせるだけのパワーがこの映画には備わっているのです。少なくとも、今回の物語の中心にいる数人の人物、天地の娘と名乗る謎の少女・麻由華や、彼女を操り天地を闇の世界に引き込もうとする者、麻由華に嫉妬する男勝りの魎呼などは、じつに生き生きとしていた。

 『真夏のイヴ』の「イヴ」が、「アダムとイヴ」のイヴではなくて、「クリスマス・イヴ」のイヴだったのだと気付くまで、随分と時間がかかってしまった。でも、このタイトルそのものはあまり生きていない。映画は「真夏のクリスマス」の話ではなくて、「真夏にクリスマスの話をしている」話だった。そもそも、なんで「クリスマス」じゃなくて「イヴ」なんだろう。何か意味があるのかな。『天地無用!』というタイトルもよくわからないけど、今回の映画に関しては主人公・天地の影がものすごく薄かったから、タイトルに偽りなしかも。

 恋してはいけない相手に恋をした者が、自分の弱さから自滅するという、ごくありふれた話です。物語の前半から中盤にかけてはあまり乗れない映画だったのですが、終盤からがぜんよくなってくる。回想シーンの使い方など、やや混乱する場所もあるのですが、それを差し引いてもこの映画はよい映画だと思う。麻由華が誕生したいきさつや、彼女を操る者の目的などが明らかになったところで、僕は物語の中にどっぷりと入り込んでしまった。

 この映画には、単純な勧善懲悪の物語がある。正義は悪と同じ世界で生きては行けず、互いに歩み寄り手を携えることはできないという真実が描かれている。同時に、正義と悪という単純な塗り分けの理不尽さ、正義という立場が持つ独善的な嫌らしさも描かれている。正義が振るう力が一方的で独善的な暴力に過ぎないということが、正義の剣が断ち切るものの中には、美しい物もあるという事実が描写されている。

 どうしても天地を手に入れたいと願う切ない気持ちが、長い年月闇の中に閉じ込められていたことでいびつに歪み、ものすごく乱暴な形でしか表現できなくなってしまった者の悲しみ。心に残る大きな傷がいつまでもうずき続け、それを紛らわせるために麻由華を作り出した気持ち。それは残酷な形に歪んではいるけれど、紛れもなくひとつの愛情表現だった。「闇が光に恋しちゃいけないのかよ!」という断末魔の叫びが切ない。


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